MENU

MBA受験体験記 — その伍:やっと見えた合格

前回は、不合格が続いた日々を書きました。今回は、その続きです。

目次

カリフォルニアへ、一人で

米国の州立大MBAのオンライン面接で「合格したら、直接お会いしたいです」と言ってしまったあの瞬間から、ずっと頭に引っかかっていることがありました。

本気なら、現地に行くはずだ。

次に挑戦する米国西海岸のフルタイムMBAに出願を済ませ、私は一人でカリフォルニアに飛びました。観光でも息抜きでもありません。授業見学とキャンパスビジットだけが目的の、3泊の弾丸渡米です。

キャンパスを歩き、授業を見学していると、偶然ある日本人在校生に声をかけられました。少し話す中で、こう言われました。

「プログラムディレクターと直接会った方がいい。絶対に。」

連絡先を教えてもらい、その日の夜にメールでアポイントを取りました。

「狂気だ」

翌日、アドミッション担当者とプログラムディレクターの両方と、直接面会することができました。

面接の中で、私は正直に話しました。MBAに通いながら、夜はオンラインで仕事も続けたい、と。

ディレクターは少し間を置いて、こう言いました。

「それは狂気だ。」

真剣な目で。

その言葉を聞いて、なぜか気持ちが固まりました。世界を相手にするMBAのプログラムディレクターから狂気と言われるくらいのことを、やってみたい。そう思ったんです。以前イギリスへの留学で、日本からのメールを無視され続け、留学の承認が下りなかったことがありました。埒があかないので、承認がないままイギリスの担当者の目の前に直接乗り込んで、「もう来たから、よろしく」と手続きをもぎ取った経験があります。泥臭くても、動いた者だけが道を開ける。欧米ではそのハングリーさが、人の心を動かすと感じていました。

今回、渡米して本当に良かった、そう思いました。

二つの合格と、究極の選択

実はこの渡航の前に、すでに二校から合格をもらっていました。

一校は、国内でも屈指の知名度と倍率を誇る、都内私大の夜間MBA。卒業後のネットワークも強力で、誰もが憧れる進学先です。相談した人のほぼ全員に「そこに行きなよ」と言われました。家族も同じでした。

もう一校は、国内EMBAのダブルディグリープログラム。知名度こそ高くはないものの、国際認証に力を入れており、2年目に欧米の名門大学院でダブルディグリーを取得できる仕組みです。家族帯同での海外生活という選択肢も、ここなら残せる。

どちらも入学手続きの締め切りが、カリフォルニア渡航の前に迫っていました。つまり、米国西海岸のMBAの合格の感触がまったくわからないまま、どちらかを選ばなければならなかったのです。

これが、受験を通じて最も悩んだ瞬間だったかもしれません。

妻への言葉

米国西海岸のMBAから合格通知が届いたとき、不思議なことに、喜びよりも先に不安が来ました。

(あぁ、本当に受かってしまった。。。)

ここまでがむしゃらに進んできたMBA受験プロジェクトでしたので、振り返ることはほとんどしていませんでした。
フルタイムのMBAをこなしながら、夜はオンラインで仕事をして、家族の生活を守る。本当にそんなことができるのか。
もう私も若くはない。健康を害したりしないか。心を病んでしまわないか。卒業はできるのか。無理をして本末転倒にならないか。

改めてその現実を前に、ものすごい過ちを犯してしまったのではないか、という焦りが生じました。

妻に話すと、「海外には行きたくない」と言われました。その気持ちは、痛いほど理解できました。自分自身が不安になっているのに、家族が不安にならないわけがない。

だから、真剣に話しました。

「本当に嫌なら、あきらめる。でももう一度だけ深く考えて欲しい。子どもたちの未来、私たちの未来を考えたとき、もう二度とないチャンスかもしれない。説得はしない。自分で決めて欲しいから。納得して一緒に来て欲しいから。強制的に連れて行っても、絶対に後悔するから。でも、もし一緒に来てくれるなら、そのときは同志として、一緒に頑張ろう。」

数日後、妻は答えてくれました。

「一緒にアメリカに行く。」

そこから、全速力でした。ビザの手続き、子どもたちの転校、自宅の管理、周囲への挨拶。本当にきつい期間でしたが、やり切りました。

次回、最終回です。また報告します。

「妻の一言で、全部が動き出しました。ありがとう、としか言えません」

凡々梵

Photo by Nicholas Ceglia on Unsplash

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

目次